3.搾取に喘ぐインド独立の闘争

血と涙の事実

物事を考える時、その一面だけを見て直ちに感心したり賛嘆の声をあげてはならない。物には表と裏があり、もう一方違った一面があるのだということを忘れてはならない。

人の眼を奪う物質的な繁栄の裏には血と涙に隠れた事実があるものである。

インドで人の眼に触れる繁栄の姿は、インド人の繁栄の姿にはならないのである。インドの繁栄の姿は搾取者である支配者の繁栄の姿でしかない。

イギリス人が自分の住居としたり事務所としたり或いは貸したりしている壮麗な建物の建築費を実際には誰が払っているのかと云うことを考えなくてはならない。

英国人が贅沢に暮らしている一方でインド人が塗炭の苦しみをしているということを忘れてはならないのである。

鉄道だって電話だってその他一切の施設は、英国人がその費用を払って作ったものではない。世界中で一番貧乏に悩まされているインド人の懐から取り上げた血のにじむような税金によってそれらの費用が全部支払われているのである。この事実を見逃してはならない。

インドを訪れる者は、通り一遍に表面的観察をするのではなく、注意を凝らして深層を追及するような態度でインドを観察をすべきである。

都市のインド人ばかりを見るのではなく、都市から離れた村落のインド人の生活も見るべきである。インド人の村では、約8割がライオット(ryot)と呼ばれるインド特有の貧乏な農民たちである。この貧農たちは生活の料を土地から直接にとって生きているのである。

インドの貧農たちがイギリスの支配下にあって年々生活がよくなっていっているのか、或いはそれとは逆に惨めになっていっているのか、親切な温かい眼で考えてやる必要がある。

更に深く考慮しなくてはならないのは飢饉と流行病である。

インドには世界によく知られた飢饉がよくある。この飢饉はまるで「死の箒」のように、絶えずインド民衆の血脈の上を掃いているのである。この恐ろしい飢饉の原因はどこにあるのか理解しなくてはならない。

インドの暗影と呼ばれている悪疫ペストの流行はどうして起こるか、どうして撲滅することが出来ないのか、それを研究しなくてはならない。

貧農と飢饉と疫病、そこにはイギリスの繁栄の裏に存在するインドの苦しみがある。これを理解せずにインド問題を云々することはまことにおこがましい話だ。貧農と飢饉と疫病の根源を解明せずにインド問題の真相を理解することは出来るはずがない。

近世、イギリスによるインド統治と調子を合わせるように、インド人を襲ったのは甚だ悩ましい惨状であった。それは、打ち続く大飢饉とペストの流行である。

 

英国官吏でインドの表裏の事情に精通したリリイはその著「インドとその問題」の中で、次のように述べている。

「19世紀の初めから80年間に1800万人のインド人が飢饉のためにたおれた。

1877年1月1日ビクトリア女王がインドの初代帝位についたその年には、たったの一年間に南インドで500万人が餓死者した。

自分のよく知っているベラリー地方では1876年から1877年にかけて飢饉のために全人口の4分の1が死亡している。

私は終生、飢饉の経験を忘れることは出来ない。」

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